千年祀り唄
―宿儺編―


9 無垢の墓標


茜雲の間から鈴の音がキンと響いた。
不穏な風が無垢の手から小さき者達を奪って行った。

――待って! 訊きたい事があるんだよ

空耳のように繰り返し響くのは誰の声だったのか。
男は切り株から立ち上がるともう一度管を吹いた。しかし、その先端は罅割れて、気泡のような命は生まれて来ない。この世に出すためのもっこ達はもう、無垢のまほろばへ来る事はなかった。
大地は荒れ、草木の勢いもなくなっていた。花は萎んで枝葉も枯れた。
見れば男の手も樹木のようにごわついている。何故そのような事になったのか、男には知りようもなかった。

「枯れてしまったのか」
夕日が傾くように、落陽した葉が降り積もって行った。だが、残り火が燃え立つように、心に疼くものを感じた。
再びりんと鈴が鳴った。南東の山から吹き下ろす風は湿り気を含んで肌に纏わり付いて離れなかった。

ふとどこからか少女の唄う子守唄が聞こえた。振り向くと、空に透けて別の異界が覗いた。そこには、着物を着た少女と、気泡に包まれたもっこ達の影が揺らめいていた。
漆黒の烏が一声鳴いた。一陣の風に木の葉が揺らぎ、一人、遅れたもっこが男の眼前を過ぎって行った。
「待て! 何処へ行こうというのだ」
が、伸ばした手の先には何もなかった。男は呆然とし、しばらくはそこに留まって風に吹かれていた。それから、宛てもなく何処までも歩いた。

丘を上ると、眼前には無数の墓石が並んでいた。ただ、それらは皆、野ざらしになっていたらしく、倒れたり、損壊したりしていた。
「これは一体……」
近づいて見ると、皆それぞれに「無垢之墓」と掘られている。
「これは……俺の墓標なのか?」
再び鈴が激しく鳴った。罅割れた結界から血と妖のにおいが侵入し、気流を乱した。


異界へ続く鍵。それを形作る音を和音は持っていた。
夕日に染みこんだ風に鈴の音が混じる。それは流れる水と、家路を急ぐ人や車のざわめきや鉄橋を渡る電車の音に呼応していた。
「大丈夫だ。今度こそ行ける」
少年の姿になった和音が鈴を奏でる。異界の水が滴り始め、あと少しでそちらの世界へ届きそうだった。その時、背後から伸びた巨大な鉤爪の腕が彼を襲った。
「誰だ!」
咄嗟に脇へ跳躍して避けた。
「おや、生きの良い坊やだね」
そこに立っている者は人ではなかった。大気の中では一応人の女の形をしていたが、影は揺らいでいた。背後には巨大なビルが並んでいる。女の本体がそれを覆い、はみ出した手足は建物を凌駕する程長かった。

「おまえ、誰?」
和音が訊いた。
「八ツ手の名を知らぬとは、滑稽な事よ。ふふ。今日は良い獲物が手に入った」
女の首には怪しい光を放つ玉が何重にも取り巻いていた。
(不思議な玉だ。幾つあるんだろう)
それは見る角度によって色を変えた。
「これは妖怪の命玉(めいきょく)さ。美しいだろう? おまえも直に取り込んでやろう」
「どういう意味?」
和音が訊いた。

「赤子を喰えば精が付く。特に、おまえのように珍しい妖の赤子を喰えば、さぞや滋養も付くだろう。これで私は無限の力と若さを手に入れる事が出来る」
「何言ってんのさ。おまえ、頭おかしいんじゃないの?」
和音が笑う。
「なるほど。赤子はまだ物を知らぬようだな。怖さも知らぬか。哀れなものだ」
蔑むように女が見下ろす。
「でかけりゃいいってもんじゃないぜ、蜘蛛女!」
和音は被っていた毛糸の帽子を脱ぎ捨てた。総毛立った髪の間から和音のもう一つの顔、鬼の面が目を開いた。すると、たちまち和音の周囲で赤い炎が燃え上がった。

「ほう。鬼火を使うか? だが、所詮は赤子の戯れ事」
女の目には揺らめく炎と和音の姿が映っていた。
「おまえの鼓動……」
和音は静かに音を数えた。それから、ズボンの金具に紐で結んであった鳩笛を手にして吹いた。それは低く、風に巻かれて路面を這った。弦の如く張り詰めた音は建物に反響し、妖を囲った。だが、周到に張られた音の網を、女は無造作に切り裂くと、目をぎらつかせて訊いた。
「それで私を生け捕ったつもりかえ?」
女は糸を吐くと和音の身体をぐるぐると巻いた。
「うわあ! やめろ!」
もがけばもがく程、糸はきつく絡まって来た。それは決して逃れられない蜘蛛の糸。和音は地面に倒れて動かなくなった。

「ふっ。他愛もない」
女は左右に伸びた身体を収縮させ、人型に転じると和音に近づいた。すると、巻き付いていた糸がくたりと垂れて地面に付いた。見ると少年の身体はするすると縮んで2、3才の幼児になった。小さくなった和音が緩んだ糸から這い出して来て女を睨んだ。その姿では、彼は立つ事も歩く事も出来ない。その両足は細く歪んでいた。
「それがおまえの本性か?」
蜘蛛の女がにたりと笑う。
「おいで。抱いてやろう。私のこの手で冷たい死の床へ案内しようぞ」

空は闇に覆われていた。和音の背後には細い川が流れ、そこに掛かる橋の上を電車がガタンガタンと通り過ぎて行った。風が摩擦でヒューと鳴いた。車輪が踏む鉄の音が長く尾を引く。和音は、その音を拾うと手に絡めた。そして音の矢を女に放つ。それで心臓を貫く事が出来る筈だった。強靱な鋼を含ませた音の攻撃。しかし、女はびくともしなかった。そして、鉄をも溶かす憎しみの炎は、女の固い甲殻を焼く事は出来なかった。長く乱れた女の髪を僅かに焦がすのが精一杯だった。
だが、女は吐き出した糸で鬼火を掻き切ると髪を鞭のようにしならせて和音を打った。
「私の美しい髪を焦がそうとは……!」
闇に躍る髪が何度も和音の身体を打った。その度に幼い皮膚が傷付いて風が赤く染まった。しかし、和音は悲鳴を上げなかった。倒れたまま、じっと空を睨み付けている。だが、その呼吸は荒く、全身が小刻みに震えていた。

「どうした小僧。痛いだろう? もっと泣き叫んでもいいのだよ。涙を流せば、それだけ味が豊かになる」
女が鉤爪の先で突く。が、彼は反応しなかった。
「もう、おしまいか。もっと抵抗してもよかったのに……。せっかくの珍味だからね。じっくり味わわせておくれ」
そう言うと女は和音を爪で引っかけるとその胸元に吊した。
「ほう。思った通り柔らかい皮膚だ。それに新鮮な血のにおい……。ああ、たまらないねえ。どこから喰らおうか。喉を噛み切るか。それとも腸をちぎり取るか。あるいは頭から丸呑みにするか。おまえはどれが好みかえ?」
爪で和音の身体を止め、女が顔を近づけて訊く。和音はにたりと笑って唾を吐いた。
「小僧……!」
女の爪が和音を貫こうとした時、和音の手がその胸に突き刺さり、心臓を鷲掴みにした。

「心臓……止めてやる」
和音は精一杯の力でそれを握り潰そうとした。噴出する互いの体液で周囲が染まった。が、女は平然と和音に笑い掛けた。
「それで、勝ったつもりかえ? スクナの坊や」
「うそだ……! 心臓をえぐり出してやったのに……」
握った肉塊はぴくぴくと震えていた。
腕は真っ赤に染まっている。だが、それは自らの身体から流れ出たものだと気付いた時には意識が遠のき始めていた。
「マ…マ……」
閉じた片目の向こうに母の姿を認めた。母はいつもの花柄のワンピースを着ていた。

「和音!」
母が駆け寄る。ビルには灯りが灯っていた。そして、その出口から現れた白いブレザーを着た人達が、こちらを指差し、向かって来るのも見えた。
「ママ!」
和音は母に向かって思い切り手を伸ばした。その手には鈴が握られていた。異界へ通じる幻の鈴の音が宙を震わせ、空間に歪みを生んだ。一瞬の幻惑の中で八ツ手は糸を撒き散らした。その僅かな隙に母は女の手から我が子を奪い取った。八ツ手は怒ってその背に爪を振るったが母は構わず走り続けた。そして、蜘蛛が吐いた糸が身体に絡んで動けなくなった時、暴走するバイクとそれを追って来たパトカーがその糸を轢いた。摩擦で糸はちぎれ、女と親子の視界を一瞬だけ遮った。その隙に母は和音を抱えて川に飛び込んだ。


水の中では何もかもが歪んで見えた。
だが、母の温もりだけは変わらない。ガード下まで流されて来た時、耳の奥で頭上を通る列車の音が反響した。それは異様に大きく、強く頭に響いた。遠くで蜘蛛の女が喚いている。人間達の声や車の音も聞こえた。が、それらは皆、何処か遠くの知らない場所から響いて来るようだった。そして、ガードは長く続いていた。列車の音も水の流れもやけに長く感じた。見ると母は目を閉じていた。肩口が裂けて水中に血が流れ出ていた。ワンピースにプリントされた花の形を、和音はそっと指の先でなぞった。
(ママ!)

和音は愕然とした。母の鼓動が聞こえなかった。水中とはいえ、二人はぴったりと胸を重ね合わせていた。ましてや和音は耳が異常に発達している。母の心臓の音を聞き逃す事など絶対になかった。停止しているのだ。それは傷のせいなのか、それとも水の冷たさのせいなのか判然としない。が、心臓は動いていないのだ。和音は泣きたかった。が、涙が出ない。水中では泣く事も出来なかった。
(いやだ……)
和音は母の胸に顔を押し付けると、きつく目を閉じた。
(ママと一緒でないのなら……眠ってしまおう)

しかし、和音の頭の裏側に付いたもう一つの面は目を開けていた。そして、水中からじっと空を見ていた。闇しかない空に星はなかった。そこから見えるものが空ならば、夜は闇と同一のものだった。

――鈴の音だ……

その音は少し歪んでいた。しかし、だんだんと鮮明になっていた。そして、水かさも減り、空に細い三日月が現れた。小さな星も寄り添っている。気付けば、そこに川はなく、草むらにそよぐ風が水のせせらぎのように聞こえているだけだと気付いた。


間近で音が響いた。二つの鈴が響き合って共鳴している。
男が一人近づいて来た。
「人が……」
しゃがんでじっとその顔を見つめる。
「あるいは……妖か」
一人は女。そして、もう一人は赤子だった。
「どのようにしてここに入ったのか。この結界の内に……」
男は黒い着物を着ていた。刀の柄には紫の組紐が巻かれ、小さな鈴が結ばれている。その鈴が風に靡いて鳴った。

――おまえが無垢か?

不意に声が響いた。それは、和音の頭に付いたもう一つの顔だった。
「やはり妖か。おまえ達こそ何者だ?」

――オトスクナ

「音を操る妖か?」
しかし、返答はなかった。面の瞼は閉じていた。
「怪我をしているのか……」
親子は穏やかな表情をしていたが、血の気はなく、息をしているようには見えなかった。
「確かめねばならぬ」
無垢はその身体に触れようとして手を止めた。二人とも酷い傷を負っている。触れれば汚れてしまうだろう。無垢は理の中で生きていた。
結界の中で血を流す事は禁忌なのだ。だが、既にここは結界の内にあった。親子は死に掛けている。無垢は逡巡した。

――無垢……。頼むよ。もう一度おいらを連れてってくれよ。辛いんだ。だから……

かつて拒んだ命。見捨てた子どもの魂が今も胸の中で彷徨っている。
(また見捨てるのか?)
血の臭気が花を枯らす。
もっこの命はここにない。

「汚れているのは俺の方かもしれぬ」
男は自嘲するように笑んだ。
「そうだ。俺はとうに汚れているのだ」
広げた手には村人の血がぺったりと染みついている。
結界は大分前から薄れていた。無垢は人であった頃の自分を取り戻しつつあった。

そして、あの日、結界の一部が解れ、紫音が来た。彼女は事故で瀕死になり、境界のこの地に来た。だが、それは、起きてはいけない事だった。ここに来るのは生まれる前の命。もっことしての魂だけだ。ましてや現世での記憶を持ったままここに来る事は本来ならあり得なかった。

「あの時から、俺は無垢でなくなったのかもしれぬ」
男は紫音が忘れて行ったハンカチを未だ懐に偲ばせていた。
彼ははじめに赤子の傷を見た。傷は多かったが出血は止まっていた。
「妖の赤子……か。いい顔をしている」
そう言葉にして男は愕然とした。
「常に妖を避けながらも、内実、俺は妖に心引かれていたのだ。森で会った妖の女。もっこの中にも妖の子が混じる事があれば、俺はそのもっこをなるべく長く手元に置きたいと願った。俺は……無垢のままではいられなかった」
女は致命傷を負っていた。既に事切れて動かない。
「可哀想だが埋葬してやるしかあるまい」
男は遺体を運ぶと無垢之墓の隣に墓穴を掘った。

赤子の方は母の隣に寝かせ、お堂の手水から汲んだ水で顔や手や傷口を拭った。紫音のハンカチが役に立った。血や泥で汚れてしまったが、気にしなかった。紫音にはもう会う事はないだろう。ならば、今目の前にいる赤子を救わねばならないと思った。

穴を掘り終え、女をそっとその中に寝かせた。美しい女だった。土を掛けるのはもう少し待とうと男は思った。赤子が目を覚ますかもしれない。それに最期の別れをさせてやるのが情ではないかと考えたからだ。
男は弔いの真似事に経を思い出そうとした。それは上手く行かなかったが、花を摘んで女の周囲に手向けた。

「ママ……」
赤子が目を覚ました。
「ママ、どこ? おまえ、だれ?」
和音が見回す。
「気がついたか?」
男が覗き込むように訊く。
「無垢……なのか?」
和音が訊いた。手には鈴が握られている。無垢の鈴と同じ音を奏でるまほろばの鈴。
「おまえにききたいことがあるんだ」

和音が手を伸ばして来たので、男はそっと支えて上半身を起こして座らせた。
「ききたいんだ。ぼくのかたわれのこと……」
そう言って和音は言葉に詰まった。すぐ脇には大きな穴があり、そこに母が寝かされているのが見えたからだ。そして、周囲には墓石が点在している。和音はそこが墓場だと気付いた。
「ママ!」
和音は穴に向かってずるずると這った。
「どうして、こんなことするの? すぐにママをここから出してよ!」
「その者は既に息絶えておる。ここに葬るのがよかろう」
「いやだ! ママ! ママは死んでない! まだ生きてるんだ! だから、はやくそこから出してあげて!」
しかし、男は首を横に振ると、和音を抱いて、そっと母の胸の上に下ろした。和音はその身体に抱きつくと大声で母を呼び、大粒の涙を零した。
「ママ! ママ! いやだ! 死んじゃいやだ! ぼくをおいていかないで!」


夜。空に星が瞬いても、和音はまだ泣いていた。
「気が済むまで泣くがいい。そうでないと未練が残る。俺のようにな」
男はじっと切り株に腰掛けて待った。
そして、どれくらいの時が経ったのか。半時か。一日か。はたまた十年、千年か。男は待ち続けた。
やがて涙が出なくなったのか、赤子は諦めて穴から這い出て来た。そして、黙って男の脇に座ると鳩笛を出して吹いた。それは胸に響く旋律だった。メロディーが変わる度、星が一つ流れて行った。そうして、幾つ目かの曲が始まった時、男の胸に懐かしさが響いた。それは紫音が唄っていた曲だった。その同じ旋律を和音が母のために吹いている。曲が終わると和音は唇から笛を離し、男を見上げた。

「これ、ママが好きだったの」
足元に咲いていた白い花を摘むと、和音はそっと胸に当てた。
「ぼくも好きだったの」
男は黙って頷いた。
「ぼくね、もうママをつくれないの」
「つくれない?」
和音が頷く。
「でもね、ぼくは一人じゃないの。おまえ、知ってる? ぼくのかたわれがいるところ」
「おまえの片割れとは?」
男が訊いた。

「ぼくら、ずっといっしょだったの。でも、わかれたの。医者が殺したの。ぼくのかたわれの魂を……」
和音は草を毟った。
「ずっと同じだったのに……」
「それで、その片割れとは、どこかで生きているのか?」
「わかんない。でも、さがしてるの。ねえ、無垢は知らない?」
「知らんな。もっこには名前も素性もない。俺はただ、ここで遊ばせ、時が来れば放つだけだ」
「そっか。せっかく会えたのにね」
「疲れただろう。少し眠るといい」

男は赤子を抱き上げると月夜の道を歩き、その背をそっと叩いてやった。
「無垢、あったかいね」
和音が小さな手を懐に入れる。そして、左胸に耳を当て、鼓動を聞いた。
「とても、いい音がする……。おまえ、ほんとは鬼なのに……どうして……」
鬼と言われ、男は足を止めた。赤子は胸に凭れて眠っている。
「鬼……か。だが、人であった時もあったのだ」
そう呟くと、再び男は歩み出した。夜鳴く鳥の声が遠くから響いた。月はまんじりともせず彼らを見下ろしている。

異界の水が退いていた。この世とあの世の狭間にて、境界を行く絣の着物を着た女が管を吹くと、もっこ達が溢れ出た。
彼らのいる境界と無垢が歩んでいる境界が天で交わる。
「待て!」
男が言った。しかし、そこに足を踏み入れる事は出来なかった。閉じてしまったのだ。
刀がずしりと重くなった。そして、久しく感じた事のない喉の渇きを覚えた。
足は自然と水を求めてお堂に向かった。

そこに続く林の道で白いブレザーを着た集団を見た。彼らはお堂に着くと、銘々が声に出して祈り始めた。彼らが願ったのは赤子ではなく、自分らを赤子に還して欲しいという事だった。自らの死を願ったのだ。そして、もう一度赤子からやり直したいのだという。
「今日は惜しかったの。親子連れが鎌のような刃物を持った女に襲われていたから、助けようとしたのに、川に飛び込んじゃって……」
女が残念そうに言った。
「それは実に惜しかったですね。新たな命をもらうためには良い事をして命を落とす必要がありますから……。その条件をクリアするのがなかなか難しいんですよ」
小さな冊子を手にした男も言った。
「でも、次は何とか犠牲になれるように頑張ります」
そんな会話をしながら、彼らは通り過ぎて行った。
「人も変わったものだ……赤子を願わずに、自ら赤子になってやり直したいとは」

「無垢?」
和音が目を覚まして呼んだ。
「俺は、もう無垢ではない」
「じゃあ、なんていうの?」
「氷室若宮という。俺がまだ人であった頃の名だ」
「わかみや……」
逆さの月が二人を見下ろす。
刀の柄の鈴が震え、頭上に響く鉄の音を聞いた。
そして、彼らは星よりも明るい電灯の下に立っていた。
異界の庭は果てなく消えた。そして、気付けば、高いビルに囲まれた風荒ぶ街に、二人は魂を遊ばせていた。